アラフィフ旅マニア ブログ。神社仏閣、仏像、遺跡、御朱印、美術館と、ちょっと贅沢なリゾートをご紹介します。

史跡 寺田屋と外観

611

何を信じるのか? 寺田屋事件

今回初めて伏見を訪問するにあたり、「やはり一番有名な史跡は寺田屋。一度は訪問しなきゃ!」と意気込んで訪問したのですが、気になることがちらほら・・・。まずはWikipediaの「寺田屋」についての説明をご覧ください。

現在寺田屋を称する建物(同一敷地内)には、事件当時の「弾痕」「刀傷」と称するものや「お龍が入っていた風呂」なるものがあり、当時そのままの建物であるかのような説明がされている。しかしながら、現在の寺田屋の建物は明治38年(1905年)に登記されており、特に湯殿がある部分は明治41年(1908年。お龍はその2年前に病没)に増築登記がなされているなどの点から、専門家の間では以前から嘘ではないかという説が強かった。平成20年(2008年)になって複数のメディアでこの点が取り上げられ、京都市は当時の記録等を調査し、同年9月24日に幕末当時の建物は鳥羽・伏見の戦いの兵火で焼失しており、現在の京都市伏見区南浜町263番地にある建物は後の時代に当時の敷地の西隣に建てられたものであると公式に結論した。京都市歴史資料館のウェブサイトにある「いしぶみデータベース」では、「寺田屋は鳥羽伏見の戦に罹災し、現在の建物はその後再建したものである。」と紹介している。大正年間に現在の寺田屋の土地・建物は幕末当時の主人である寺田家の所有ではなくなっており、のちに経営そのものも跡継ぎのなくなった寺田家から離れている。この「寺田屋」は昭和30年代に「第14代寺田屋伊助」を自称する人物が営業を始めたものであり、「第14代寺田屋伊助」自身、寺田家とは全く関係はない。

引用:Wikipedia

これは・・・夢が壊れるましたね・・・! 実はそれほど幕末に興味がない私は、実際に訪問するまで寺田屋の真偽については疑ってもいなかったんですよね。ところが最後に入った部屋で、京都府の公式見解を報道した新聞を見かけ「あれーーー?」となってしまいました。

確かに鳥羽伏見の戦いで一帯が焼け落ち、さらに再建したときの登記が残っているならば、当然現在の建物にある刀傷やピストルの弾痕は後付けで用意されたものということで・・・。

ということでさらに調べてみると、寺田屋のあった場所自体も現在の場所ではなく、今日写真でご覧いただく、この「史跡 寺田屋」の碑がある場所なんだそう。

実際、史跡を巡る旅をしていると「ここに●●さんが住んでいました。今は建物焼失」なんてことは当たり前。周囲の自然環境と妄想を駆使して当時の生活環境をイメージする」というのは割と当たり前なので、襲撃当時の建物が焼失していてもそれほどダメージはありません。再建されていれば「イメージする助けになるな」というだけで、特にそこに抵抗感はないのですが・・・現在の寺田屋は「襲撃当時のまま」という誤解を生む展示方法なのが残念です。

まずは実際に当時寺田屋があった場所を見てみましょう。この土地は現在京都府に寄贈されていて、坂本龍馬の像とお登勢明神、いくつかの碑文が残されていました。

史跡 寺田屋

「刀痕はいづこ寺田屋宝柱-野風呂」と書かれた看板を眺めつつ、予備知識なく訪れたので、この奥に建物があるのかと迷いつつ侵入しました。

全体を俯瞰するとこのような、一見細長いお庭が続いているような状態でした。

左手に見えているのが、現在の寺田屋の建物で、建物の裏口、出口に当たる部分がこの土地に面しています。最初入り口がわからず、出口から逆走しそうになり注意されました。入り口は道路側にありました。

お登勢明神

まず右手に見えてくるのが「お登勢明神(おとせみょうじん)」。お登勢さんといえば、寺田屋の女将で薩摩藩を中心とした幕末の志士たちを支援した女傑として有名ですよね。後に坂本龍馬と結婚したお龍さんの雇い主でもあります。

お登勢明神は、坂本龍馬とお龍さんの縁を取り持ったお登勢さんを祀ってある・・・ということで、良縁成就のご利益があるとのこと。有名人が絡むと、周囲が神格化することもあるだ・・・と驚きました。

坂本龍馬の碑

この石碑、なぜ倒れている状態なんでしょうか? 石碑の上に「この石碑の上に乗らないでください」との注意書きが。

女将お登勢と寺田屋の由来碑

由来碑には「恩賜紀念之碑」と書かれています。

維新当時の井戸

維新当時からの井戸があるということは、やはりこちらが当時の寺田屋のあった場所だと実感しますね。

坂本龍馬像と誓いの楠、寺田屋騒動記念碑

敷地の最奥にあったのが、坂本龍馬像と「薩摩藩九烈士遺蹟志」。

現在の寺田屋外観

こちらが参観出口。御案内板に料金や営業時間がかかれているので、間違えてこちらから入ろうとしてしまいました・・・が、入り口は道路側にありますので、ご注意ください。

寺田屋建物出口側の側面。

正面に回りました。こちらが入り口になります・・・って、案内板が無い~! 初見でここから入れるってわかるのかしら。

大きく「旅籠(はたご)」と書かれた横の、小さな木札に「参観入口」と料金がひっそりと書かれていました。参観料は大人400円。

遊び心があって、ちょっと笑ってしまったのがこの表札。この表札だけみると、龍馬さん、寺田屋さんの主人になってしまったみたいです笑。

次回は「伏見寺田屋建物内」です。

京都・滋賀Contents

01-石清水八幡宮 京都駅からのアクセス
02-「勝」の石清水八幡宮 昇殿参拝体験記
03-石清水八幡宮摂社、末社
04-石清水八幡宮帰路と展望台
05-京都伏見「鳥せい」本店でランチ
06-雨の伏見散策
07-史跡 寺田屋と外観
08-今も宿泊できる!?伏見 寺田屋内観
09-サクラテラスザ・ギャラリーNorth施設紹介
10-サクラテラスザ・ギャラリーSouth施設紹介
11-サクラテラスザ・ギャラリー スーペリアダブル宿泊記
12-サクラテラス・ザ・ギャラリー朝食
13-サクラテラス・ザ・ギャラリー夕食
14-日吉大社へのアクセスと 西本宮参道
15-日吉大社 西本宮 参拝記
16-日吉大社 宇佐宮 参拝記
17-日吉大社 白山宮 参拝記
18-日吉大社 三宮遥拝所と神輿収蔵庫
19-日吉大社 樹下宮、東本宮 参拝記
20-日吉大社 東本宮 参道
21-比叡山延暦寺 坂本からのアクセス
22-比叡山延暦寺 東塔エリア 参拝記
23-比叡山延暦寺 横川エリア 参拝記
24-比叡山延暦寺 西塔エリア 参拝記
25-早朝の東寺散策 その1
26-早朝の東寺散策 その2
27-メルキュール京都ステーション ホテル施設紹介
28-メルキュール京都ステーション ワーケーションスペース
29-メルキュール京都ステーション 宿泊体験記
30-メルキュール京都ステーション 朝食
31-メルキュール京都ステーション トラットリアM Kyoto
32-『細雪』で谷崎が称えた、平安神宮の枝垂れ桜
33-上賀茂神社の斎王桜
34-西本願寺 お西さんを知ろう!
35-西本願寺 早朝参拝のススメ
36-二条城 夜桜ライトアップーNAKED FLOWRS 2021ー桜ー 世界遺産・二条城
37-下鴨神社(賀茂御祖神社) 参拝記
38-京都グルメ編-出町ふたばの豆餅と加茂みたらし茶屋の加茂団子
39-京都グルメ編-焼肉 弘商店 京都駅西
40-京都グルメ編-中村藤𠮷のきつね抹茶うどんセット
41-京都土産2021春

関連記事

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。