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鎮魂 原爆ドームと平和記念公園

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その地に立って、感じたこと

子どもの頃、「はだしのゲン」を読んだり歴史の授業で第二次世界大戦を学んで、「いつか広島に行って、原爆ドームと平和記念公園にはいかなければ」、という気持ちがありましたが、中学生の頃沖縄でしらゆりの塔を見たときにとてもショックを受け、半分怖い気持ちもあり、長年足を向けることはありませんでした。

2020年はコロナの影響もあり「日本国内、日本人としての自分のルーツや歴史を学ぶとき」と感じ、日本誕生から古代神話の地などを巡ってきました。やっと日本人として向き合うべき広島の地に立ち、見たもの、感じたことを書きたいと思います。

相生橋

宿泊していたリーガロイヤル広島の最上階レストラン「リーガトップ」からは、平和記念公園、原爆ドーム、相生橋を眺めることができるほど近く、路面電車で一駅の距離です。

朝一番に、まずはこの相生橋を訪ねました。

ここは、1945年(昭和20年)8月6日、上空からも目立つT字型の特徴ゆえに、原爆投下の際に目標点とされた場所です。結局原子爆弾リトルボーイはここから約300m離れた島病院上空の高度550mで爆発します。

相生橋のそばにある、昭和58年老朽化による架け替え工事の際に建設省広島国道工事事務所がつくった碑には、原爆当日の相生橋の様を生々しく表現しています。

「この原子爆弾の爆発により、相生橋は、強い爆風を受け、その爆圧は、通常橋にかかる荷重の15倍に当る一平方米当り7屯と推定されています。このような瞬間的に強い爆圧を受けた相生橋は、板バネのように大きく曲り、又跳ね返るような動きを繰り返し、同時にコンクリート床版は、宙に浮き上りました。」

こちらは「旧相生橋碑」です。右にあるのは、もともとここにあった相生橋の親柱です。

世界遺産 原爆ドーム

原爆ドームは平成8年(1996年)12月、核兵器の惨禍を伝える建築物として世界文化遺産に登録されました。

もともとは広島県内の物産品の展示・販売をする「広島県産業奨励館」という施設でしたが、昭和20年(1945年)8月6日午前8時15分、原子爆弾により建物は大破しました。爆心地に近いため爆風がほとんど垂直に働いたために倒壊は免れ、原爆の痛ましさを今に伝えています。

写真などでは建物外観が取り上げられることが多く、その佇まいはよく承知していたのですが、実際にその場に立ち、内部を見ると単なる「歴史」ではなく、「事実」として身に迫ってくる感じがありますね。

原爆ドームは周囲を柵で囲われていて、内部は壁の隙間から窺い知ることしかできませんが、大量の瓦礫が今も当時のままに積み上がり、時間が止まったような印象を受けます。

対岸の、平和の鐘辺りから撮影した「原爆ドーム」その向こうに見える黒いビルが「折り鶴タワー」で、さらに先のひときわ高い建物がリーガロイヤルホテル広島です。

動員学徒慰霊塔 

原爆ドーム側の岸、元安橋手前にあるのが「動員学徒慰霊塔」です。

戦時中、中学生以上の生徒は軍需工場等での勤労奉仕が強制されていました。この塔は原爆や空襲などで亡くなった動員学徒の慰霊を弔うために昭和42年に建立されたものです。

原爆の子の像

「原爆の子の像」は、2歳の時被爆し、10年後に白血病を発病して亡くなった佐々木禎子さんをモデルに作られています。

この佐々木禎子さんのお話は、小学校時代の教科書に掲載されていた記憶があります。切なくて、悲しくて・・・当時とても心をゆすぶられて、またその像の美しさがとても印象に残っていました。

私にとっての平和記念公園のシンボル的な存在は、原爆ドームと、この原爆の子の像でした。今回、自分の眼でその姿を見、いろいろな気づきがありました。ひとつはその理念と背景。もう一つは「音」です。

まずはその理念と背景について。原爆の子の像の周りにある、いくつものカラフルな絵が飾られているブースに収められているのは、全国から寄せられたたくさんの千羽鶴や絵画です。

この原爆の子の像は、佐々木禎子さん死に衝撃を受けた同級生たちが、「原爆で亡くなったすべての子どもたちのために慰霊碑をつくろう」と全国へ呼びかけ、日本だけでなく世界9か国からも支援を受けて作られたものなのだそうです。それは下の写真で紹介する2つの碑文にもしっかりと明記されて後世に伝えられ、今もたくさんの千羽鶴が平和の祈りとともに寄せられています。

「これはぼくらの叫びです これは私たちの祈りです 世界に平和をきずくための」と書かれた碑文。

原爆の子の像の説明文は、日本語、英語、中国語、韓国語で標記されています。

原爆で亡くなった兄弟の霊をなぐさめ世界に平和を與羽掛けるために広島市小・中・高校の子供が結集し全国の友達の支援のもとにこれをつくる(広島平和をきずく児童生徒の会)」の碑文。

もうひとつは「音」。この像の下には小さな鐘があり、この像の象徴である黄金の千羽鶴も吊り下げられています。定時になると、この像の下には銅鐸を模した小さな鐘があり、この像の象徴である黄金の千羽鶴も吊り下げられていて、風鈴のように鳴るんです。

蔵の背後にはのびやかに天に手を伸ばす2人の子供たちもいるんですよ。ノー・モア・ヒロシマ。いつまでも平和な世界が続きますように。

平和の灯

写真中央、T字の台にみえるのが「平和の灯」です。これはかの有名な丹下健三氏が設計したもの。

台座は、手首を合わせ、手のひらを大空にひろげた形を表現していて、「核兵器が地球上から姿を消す日まで燃やし続けよう」という反核悲願の象徴となっているそうです。

広島平和都市記念碑(原爆死没者慰霊碑)

広島平和都市記念碑(原爆死没者慰霊碑)から見ると、一直線上に「平和の灯」と「原爆ドーム」があることがわかります。また、背後を振り返ると広島平和記念資料館、祈りの泉、嵐の中の母子像、平和の門がやはり一直線上に並んでいます。

ここで祈りを捧げ、先を見ると原爆ドームから始まり、後ろを振り返ると平和の門に続く・・・という一つの祈りの道が見えるようです。

広島平和記念資料館

最初のコロナウィルス感染防止対策の影響で、屋内の建物は軒並み休館となってしまいました。「見るべき場所」心を決めて訪れたのに残念です。

広島平和記念資料館は、原子爆弾による被害の実相を世界中の人々に伝え、ヒロシマの心である核兵器廃絶と世界恒久平和の実現に寄与することを目的に、1955年(昭和30年)に開館しました。本館と東館があり、ともに「平和の灯」をデザインした丹下健三設計事務所による設計です。

国立広島原爆死没者追悼平和祈念館

国立広島原爆死没者追悼平和祈念館も残念ながら休館でした。ただこの祈念館の周囲には、爆心地を再現したモニュメントがあり、屋外のため、それは見ることができました。

これがそのモニュメントです。「中央のモニュメントは、爆心地に向かって、原爆投下時刻の「8時15分」を表しています。また、その周りには当地から出土した被爆瓦などを配しています」と書かれた説明文がありました。

平和の鐘

二つの記念館、祈念館が休館だったため、原爆ドーム側に戻ってきました。

原爆ドームの対岸にあるのが、「平和の鐘」です。核兵器と戦争のない世界の達成をめざし、その精神文化運動のシンボルとして「原爆被災者広島悲願結晶の会」が建立しました。

この鐘の音は「平和の時計塔」のチャイム音とともに、環境庁の、残したい日本の音百選に選定されました。

周囲には色とりどりのチューリップが春の訪れを告げていました。

平和の時計塔

この記事を書くために調べていてようやくわかりました。

ちょうど8時15分、原爆の子の像の前に着いたときに鳴り響いたチャイムは、この平和の時計塔の音楽だったんですね。
毎朝8時15分、原爆が投下された時刻に、この時計塔のチャイムが「ノーモアヒロシマ」を訴えているのだそうです。この時間にぜひ平和公園で祈りを捧げてほしいと思います。私は知らないで偶然にも居合わせたのですが、荘厳な、静粛な気持ちになります。

公園から足を延ばして-折り鶴タワー

さて、平和記念公園をぐるりと一周し、いま一番熱いスポット「折り鶴タワー」にやってきました。ここは遮るもののない展望台があり、広島の街を一望できる場所で、ぜひ行ってみたかったのですが、生憎と開店前・・・さらにリーガトップですでに眺望を十分堪能した気分になり、今回はパスしました。美味しいカフェや広島の物産を集めたお土産屋さんもあるので、次回はぜひ訪れたい場所です。

爆心地 島病院

平和記念公園を訪れて、実際の爆心地を見たいと思い、「島病院」を訪れました。いまは「島内科外科」と書かれた建物の前に、このような写真が置かれています。

この爆心地の写真をみて、壊滅的な破壊の姿よりも、その瓦礫の中にすくっと佇む鳥居の存在が目を引きました。「この鳥居を見たい」と強く思い、そこからはネット検索の嵐・・・さて、この鳥居はどこにあったものでしょうか?

明日に続きます。


広島Contents

  1. リーガロイヤルホテル広島 スタンダードフロア 宿泊記
  2. リーガロイヤルホテル広島 リーガトップ朝食
  3. 宮島へのアクセス
  4. 宮島グルメを一挙ご紹介!
  5. 満潮と干潮 嚴島神社の二つの顔
  6. 宮島散策
  7. 大願寺と厳島龍神、九本松
  8. 弥山 恋人の聖地
  9. 弥山 山頂展望台へ
  10. 千畳閣(豊国神社)は嚴島神社絶景View
  11. 宮島で最も古い寺院 大聖院
  12. 鎮魂 原爆ドームと平和記念公園
  13. 広島県人の誇り、広島城と廣島護国神社

次回は「宮島散策」をご紹介します。

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